佐賀地方裁判所 昭和43年(ワ)118号 判決 1971年4月05日
原告 全逓信労働組合
右代表者中央執行委員長 宝樹文彦
右訴訟代理人弁護士 金子光邦
同 松崎勝一
同 小谷野三郎
同 村田茂
同 竹田勲
同 斉藤驍
同 中島通子
被告 近藤鴻
<ほか一〇名>
以上一一名訴訟代理人弁護士 成瀬和敏
主文
被告らは原告に対し、それぞれ別表(一)の各被告名下の「請求額」らん記載の金員、およびこれに対する同表の各被告名下の「請求日」らん記載の日から支払ずみに至るまで、各年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。
ただし被告近藤鴻が金六〇、〇〇〇円の、同緒方辰次が金一八〇、〇〇〇円の、同田久保達也が金四〇、〇〇〇円の、同壁総実が金三〇、〇〇〇円の、同楢崎謙吾が金八〇、〇〇〇円の、同島巣正邦が金五〇、〇〇〇円の、同横尾義江が金四〇、〇〇〇円の、同松本恵美子が金三〇、〇〇〇円の、同頗羅堕秀子が金三〇、〇〇〇円の、同石井勇が金三〇、〇〇〇円の、同越智一彦が金四〇、〇〇〇円の担保をそれぞれ供するときは右仮執行を免れることができる。
事実
≪省略≫
理由
一、被告らの本案前の抗弁について、
本件請求原因の要旨は、労働組合である原告が、その機関決定にもとずく組合活動を行ったことを理由として、昇給延伸処分を受けた組合員である被告らに対し、原告の救済規定、細則に則って補償金を支払ったが、その後被告らが原告を脱退したので、救済規定、細則により脱退と同時に被告らに補償金の一部の返還義務が生じたとして、その支払いを求めるというものである。
かりに被告らの主張するように、労働組合の内部問題は、自律的な法規範をもつ団体の内部規律の問題として、当該組合の自治的措置に任せるべきであるとしても、労働者個人が脱退等により労働組合員たる資格を失った以後に生じた当該組合と労働者個人との法律関係は、組合の内部問題とはいえない。本件請求において原告の主張によれば、補償金の一部返還請求権は被告らが原告を脱退すると同時に発生したというのであるから、右請求権の存否についての争いは、原告の内部問題としてその自主的解決に委ねるべきではなく、司法審査になじむというべきである。したがって被告らの前記主張は採用しない。
二、原告の請求原因(一)ないし(四)の事実はいずれも当事者間に争いがない。
三、右二、の事実によれば、被告らの一部に補償金支給した後に、細則第一五条第六号(昭和三六年七月二〇日改訂施行)の返戻規定が施行されており、右被告らについても右返戻規定所定の割合によって算出した金員の返還を請求し得るかにつき争いがあるのでこの点につき考察する。
(一) ≪証拠省略≫によって認められる規約第五八条、救済規定の救済の対象、資金に関する規定の趣旨を総合すると、原告の犠牲者救済制度は、組合員が組合活動のために蒙った損失をできる限り補償することにより、組合員間に統一、連帯の意識を確立するとともに、組合員をして安んじて組合活動をできるようにし、もって団結の維持強化を図るという趣旨のもとに設けられ、組合員は補償にあてられる救済資金の積立義務を負い、損失を受けた組合員は右資金から補償を受ける権利を有するもので、いわば組合員の互助的制度と認められる。そして右制度における組合員の権利義務はその制度の趣旨からいって、組合員たる地位に基づき、組合員の地位を失って後には右の権利義務はなくなるものと解される。したがって昭和三六年七月二〇日の細則第一五条第六号の改訂の前後によっては、救済規定第八条第二号(別紙規定等目録参照)の趣旨に変化はなく、組合員としての資格を失ったとき以降については右の救済を行わないという当然の事理を表現しているものと見るべきである。被告らは同条項の「組合員としての資格を有する間」なる文言を「郵政職員としての資格を有する間」ということの同義異語の表現であると主張するが、そのように解すべき合理的根拠はない。而して昇給延伸に対する補償の方法には種々あり得るが、補償金の前渡しを受けた組合員が、その後組合員の地位を失ったため、組合在籍期間に対する補償金相当分を超過する金員、すなわち組合員の地位喪失時以降に対する補償金相当分の支給を受けていることになったときは他に特段の定めのない限り、右超過分は保有し得ないものとしてこれを組合に返還すべきであることが規定第八条二号の解釈上導き出せる。
(二) 被告緒方辰次が本件で支給を受けた補償金のうち昭和三四年一月一四日および同年七月一四日及び昭和三五年九月二七日原告主張の補償金を支給されたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によって認められる細則の改訂の経過及びその内容からすれば前二者の各支給分が、昭和三四年八月二日改訂施行前の細則第一五条に基づくものであり、組合員の昇給延伸によって蒙る損害はその在職期間中常に発生するものであるが、同細則では五年毎に所定金額を五倍した金額を五年分として前渡しするものであったのに対し、昭和三五年九月二七日の支給分は細則の同年七月一三日改訂施行に基くものであり、同細則では当該組合員が当初の延伸時より六〇才に達するまでの年数に対して同条の別表に定められた一定金額を一時金として一括前渡しすることになったので、清算の意味で追給がなされたものと認められるわけであるから、これによれば被告緒方辰次が支給を受けた全金額は、右の清算支給後はすべて三五年改訂細則に基づく一括前渡金の性質を有するに至ったものと認められる。同様に被告楢崎謙吾が三四年改訂細則に基づき昭和三五年一月一六日支給された補償金についても、昭和三五年九月二八日、三五年改訂細則に基づき精算支給されているので、同被告が支給を受けた全補償金額はすべて三五年改訂細則に基づく一括前渡金の性質を有するに至ったものと認められる。
(三) ところで右のように一括前渡金の支給を受けた者が組合を脱退した場合の返戻額は右支給額算定の基礎となった六〇才から当該受給者が補償金を支給された当時の年令を差引いた年数と、右年数から補償金支給を受けてから組合を脱退するまでの年数を差引いた残余の年数の比率によるものとするのが、前記救済規定及び一括前渡金算定の方法に照らして最も合理的であり、この意味からいえば右と同様な返戻額の算出方法を規定した昭和三六年七月二〇日改訂の細則第一五条第六号は右救済規定の解釈を注意的に規定したものということができる。
四、被告らは犠牲者救済制度は、行政処分を保険事故とする相互保険であると主張するが、右制度は前記三、記載のようにいわば組合員が相互に組合運動のために蒙った被害を補償し合うためにその基金を拠出して行う互助制度であって、これによって各組合員の享受する権利は、組合員としての地位に伴って生ずるものであるから、その組合員たる地位を喪失した者は、当然に権利を失うに至るものと解すべきである。したがって三六年改訂細則第一五条第六号の規定は、被告らの固有権を侵害するもので無効であるとの被告らの主張は理由がない。
五、被告らは三六年改訂細則第一五条第六号は、組合員平等取扱の原則に反し無効である旨主張する。
しかしながら本件返戻義務はそもそも被告らが原告を脱退したことによって生じたものであって、組合員平等の原則の適用される余地がないだけではなく、労働組合は、その組合員が組合活動のために損失を蒙った場合、これを補償することは、たとえば原告の犠牲者救済制度などにみられるが、このような場合、組合員が当該労働組合の規約その他の定めをまつまでもなく当然に補償を受ける権利を有するものと考えるべき根拠はない。組合員は、組合規約その他によって、このような制度が設けられた場合に、はじめて規約等の定めるところにしたがって、その限度内においてその損失についての補償を受ける権利を取得するに至るのであるから、右権利内容に一定の限定を付すること、たとえば右細則のように後日組合を脱退する場合には、一定の割合の補償金を返戻すべき旨定めることも、当該組合の定めるところに任されているのであって、そのこと自体は前述のこの制度の本質からして必ずしも、組合員を平等に取扱わなければならないとの原則に反するものではない。
六、被告らは右返戻規定は、被告らの脱退の自由を制約し、ひいては労働組合結成の自由をも制約するものであって、憲法二八条に違反し無効である旨主張する。
しかしながら、右返戻規定によって脱退者が負担すべきものとされる債務は、前記三、の犠牲者救済制度の趣旨からして、もともとその支給を受ける権利のない補償金相当分についての返還債務であり、脱退者に対して脱退自体を理由として不利益を課すものではないから、脱退の自由に対して特別な制約を付したものではない。もっとも右返戻規定があることによって、原告を脱退しようとする者は一定額の出捐を余儀なくされることとなる結果、このことが事実上組合員に対し、心理的な強制をおよぼし脱退の自由をある程度抑制する作用を営むことは否定できないが、現行法上ユニオンショップ制が承認されている(労組法七条)ことからしても、組織の強化を、その目的達成のための主要な手段とする労働組合においては、この程度の脱退の自由の抑制は肯認すべきである。被告らの前記主張は採用できない。
七、被告らは本件補償金支給は、不法原因給付であるから、被告らがその返還を求めることは許されない旨主張する。しかしたとい被告らの昇給延伸の原因となった組合活動が公労法一七条に違反するとしても、その組合活動を理由になされた昇給延伸なる処分による損失について、これを補償する趣旨でなされた本件補償金支給は、社会の倫理観念に照らして民法七〇八条にいわゆる「不法な原因」によるものとは認められないから、被告らの前記主張は採用しない。
八、被告らはいずれも原告に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を取得したと主張するが、被告らが、被告らに対する不法行為であると主張する原告の中央執行委員会、佐賀地区本部役員、その傘下の支部役員らの行為は、当時原告の組合員であって、原告の所定の手続を践んだ機関の決定、および機関の統制に服すべき地位にあった被告らに対する関係においては不法行為といえないものであることが被告らの主張自体から明らかである。被告らの相殺の抗弁はその余の点について判断するまでもなく失当であって採用できない。
九、以上のような次第であって、しかも原告の被告らに対する補償金返還請求権を否定すべき特段の事情も存しないから、被告らは原告に対し本件各補償金のうち、被告らがそれぞれ原告を脱退した日以後の分については各自その割合に応じた金額を返還すべき義務があるものというべきところ、被告らが原告に返還すべき金額は原告主張の算式によって算定すべく、被告らの生年月日はいずれも当事者間に争いがなく、右各生年月日と前記各被告の支給事由発生年月(別表(二))、組合脱退年月日によれば、被告らの補償金支給該当月の年齢・支給基礎年数、組合在籍年数が別表(三)記載のとおりであること、したがって被告らは原告に対し少くとも別表(一)各記載の数額を下らない金額を返還すべきことが計算上明白である。
一〇、そして三六年改訂細則によると、右返還債務は被告らが原告を脱退すると同時に発生するものであり、その履行期については、明示の定めがあることを認めるに足る証拠はないが、右債務の性質が、前渡金の返還であること、その発生が債務者の原告からの脱退という行為を原因とするものであることを考えると、その履行期が即刻到来するものと解するのが相当であるから、被告らはいずれも原告に対し前記金員に対する各脱退の日の翌日である別表(一)の「請求日」らん記載の日から各支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
一一、よって原告の本訴請求は全部理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項その免脱につき同条第三項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 諸江田鶴雄 裁判官 松信尚章 大浜恵弘)